こんにちは。編集ノグチです。
この度、ホームページのリニューアルを行いました。
インタビューコンテンツを少しずつ公開していく度に「もっとこういう風に見せられたらな」とアイディアが溜まっていたのですが「アレとコレが終わって、そして時間ができたら……」と考えていても、そんな時間は一向に来る気配がなく。
そんな折、予定のキャンセルやリスケジュールが立て続いた日がありました。
「これはチャンス!」だと。

ポッカリと空いた日に行ったこと
溜まっていたタスクを消化する……のではなく、私がまだやったことのない “全く新しいことに取り組む” ことにしました。AI はこれまでも仕事で使っていたのですが、それはあくまでも “補助” の範疇で、既存の仕事の一部を置き換えたり、効率化したりすることが中心でした。
ただ、その日に行ったのは “ゼロから構築することを全部 AI に丸投げ” です。
知識として、そういったことが可能なのは知っていましたが、実践するのは初めて。頭では「なんとなく、これくらいだろう」と思っていましたが、いざ AI の仕事っぷりを目の前にすると、相当にビックリさせられました。
こんなことまで自動でできるのか、と。そして、いくつかの自動化作業を経て、今回のソレチカのホームページリニューアルも、AI に助けられながら実装することができました。
AI で仕事がなくなるのか?
当然、なくなる仕事も増えるでしょうし、その流れは止められないと思います。実際、私がこれまで手を動かしてきたことの大部分を AI が行ってくれたこともあり、それはかなり実感を伴っています。
ただし、こういったパソコンを使うような類の仕事であっても、“選択や判断” は残るし、むしろその重要度は増しているような気がします。
「何ができるか」以上に
「何をするのか」「何を選ぶのか」
これまで自分で手を動かしてきた知識や経験に、そうした判断を助けられる場面も、まだまだ多くあります。
整体業界はどうなるか?
端から見ているだけの私が言うのも変ですが……私なりの予測としては
『決して無くなりはしないが、かなりハッキリと二分化される』
のではないかと思っています。
利便性や効率化は、時に何かを損なわせます。例えば、私たちが携帯電話を手にするようになってから、電話番号を “暗記” する機会は激減、あるいは皆無になりました。同じようなことが、テクノロジーの発展とともに無数に起こっています。
気軽に、簡単に学べる。
忘れても、何度でも見返せる。
分からなければ、その場で AI に聞けばいい。
そういったことが繰り返されれば「自分の中に身に付けておく」必要性そのものが減り、やがては身に付ける能力自体も薄れていくのかもしれません。
身体についても、似たことが起こる可能性があります。知識を得ることや、自分でできる簡単なケアは、これからもっと手軽になっていくでしょう。
だからこそ、その先にある 「実際に人に触れてもらうこと」「自分の身体と向き合うこと」「誰かと時間をかけて身体を見ていくこと」 の価値は、逆に際立っていくのではないでしょうか。
便利さや効率を求めるものと、そこでは置き換えられないもの。
そんな二分化が、よりハッキリしていくように思います。

効率と非効率のバランス
個人的には、テクノロジーの恩恵を多分に受けている側なので、非効率性を推奨するのも変なのですが……。それでも「非効率であることを楽しめる姿勢」 みたいなものは大事だし、これからより大事になっていくんじゃないかと思っています。
今回のリニューアル作業は、非常に効率的に行うことができました。
でも、この場所で紹介していきたい先生がたや、ここにあるコンテンツが伝えたいものは、むしろ “非効率からしか生まれない何か” なのかもしれません。
編集ノグチ