整体サロン『リーン』- Rə:eN -「レン・ヤジマ」先生:第3回

この記事の目次
  1. 第3回『再び、還る場所』
  2. その “一本のDVD” について教えてください。
  3. 初めて会いに行った日のことは覚えていますか?
  4. コトー先生とは、どんな話をされたのですか?
  5. 施術を受けて、どう感じましたか?
  6. コトー先生の言葉で、特に残っているものはありますか?
  7. 施術は、どう変わっていきましたか?
  8. もしコトー先生に出会っていなかったら、どうなっていたと思いますか?
  9. 独立を現実的に考え始めたとき、何が一番の壁でしたか?
  10. 物件は、どのように見つけたのですか?
  11. 会社の反応はいかがでしたか?
  12. 開業日と店名には、どんな思いを込めましたか?
  13. 開業当初のことで、印象に残っている場面はありますか?
  14. お客様から言われて嬉しかった言葉はありますか?
  15. ヤジマ先生にとって、整体とは何でしょう?
  16. これからの「整体サロン リーン」について、考えていることはありますか?

神奈川県横浜市・綱島で整体サロン『リーン』- Rə:eN – を営む、レン・ヤジマ先生。

レン・ヤジマ【整体サロン リーン】神奈川
Solechika.PRO/s/Ren_Yajima/

全3回でお届けするレン・ヤジマ先生のインタビュー最終回です。一本の DVD で知ったコトー先生に会いに行った日から、施術と生き方が変わっていく過程、子どもの誕生と店舗閉鎖の中で固まっていった独立の覚悟、そして2023年12月08日に綱島で開いた「整体サロン リーン」の現在とこれからを伺いました。


第3回
『再び、還る場所』

コトー先生

その “一本のDVD” について教えてください。

“頭の技術を解説した教材” だったんです。
それまでも技術系の DVD はたくさん買っていたので、その一本のつもりで見始めました。

ところが映っているのは、ローリング・ストーンズのTシャツを着た長髪の整体師で、しかも収録時間の半分くらいが、技術ではなく心構えや在り方の話だったんです。整体師としてどう在るべきか、お客様とどう向き合うか。技術の教材でそういう話を聞いたのは初めてで「こんな整体師がいるんだ!」と衝撃を受けました。

それがコトー先生でした。名前を調べて(その当時は)奥沢でサロンをやっていることを知って、施術を受けに行くことにしました。

初めて会いに行った日のことは覚えていますか?

2020年の6月です。緊張しすぎて予約の1時間前に着いてしまって、しばらく外から建物を眺めていました(笑)

中に入ると、バンドのポスターが貼ってあって、レコードが置いてあって、頭蓋骨の模型があって、暖炉があって。自分が好きなものが全部そこにある空間でした。整体のサロンなのに、こんな空間があっていいんだ、と思いましたね。

コトー先生とは、どんな話をされたのですか?

自分が整体師であることは伝えていました。そしたら、そこでいきなり「独立したいのか?」と聞かれたんです。はいと答えると「いくら稼ぎたいんだ?」と。僕は「お金じゃないんです」と答えました。そうしたら「じゃあ諦めた方がいい」と言われて。

突き放されたとは感じませんでした。むしろ『初対面の相手にここまで真剣に向き合って、本気で答えてくれる人がいるんだ』と思ったんです。お金の話を避けて理想だけを語っている “自分の甘さ” を、最初の会話で見抜かれた感覚もありました。

施術を受けて、どう感じましたか?

手がすごく優しかったです。それまで受けてきた整体とは全然違いました。強く押すわけでもないのに、1ミリ単位で位置を調整しながら整えていく。施術中はそれがどう効いているのか正直よく分からなかったんですけど、翌日歩いてみたら、脚の動きが滑らかで、体が軽かった。自分がやってきた整体は何だったんだろう、と考えさせられました。

そこからセミナーに通い、施術も受けるようになりました。

あたまの整体(Solecka.tokyo より)

コトー先生の言葉で、特に残っているものはありますか?

2021年、渋谷でのトークライブに行ったときのことです。コトー先生が会場に向かって「今日、あなたは空を見上げましたか?」と問いかけたんです。僕は見上げていなかった。毎日、目の前のことに追われて、下ばかり見て歩いていたことに気づかされました。

それから「自分を可愛がってあげなさい」という言葉です。僕は頑張ることが当たり前だと思って生きてきたんですけど、それは自分に厳しくしすぎていたということでもあって。しかも、自分に厳しい人は、無意識に他人にも頑張ることを求めてしまう。お客様に対しても、知らず知らずのうちに「頑張って通ってください」「頑張ってセルフケアしてください」と、頑張らせようとしていたんじゃないか。そう気づいたときは、けっこうショックでした。

施術は、どう変わっていきましたか?

一番大きいのは、局所ではなく全体を見るようになったことです。肩が痛いと言われたら肩を、腰が痛いと言われたら腰を、というやり方から、頭から足先まで全身のつながりの中で不調の原因を探すやり方に変わりました。

もう一つは、会話の時間を大切にするようになったことです。以前は施術の技術で結果を出すことばかり考えていましたけど、その人がどんな毎日を送っているのか、何に頑張りすぎているのかを聞くことも、施術の一部だと思うようになりました。

不思議なことに、そう変わってから指名してくださるお客様が増えたんです。コトー先生に教わったことは、精神論だけじゃなくて、実際の結果にもつながっていました。

あたまの整体セミナーにて

もしコトー先生に出会っていなかったら、どうなっていたと思いますか?

整体を辞めていたかもしれません。

出会ってから3年ほど経った頃、勤めていた会社の綱島の店舗が閉鎖することになって、妙蓮寺の店舗に移りました。そのとき目の前にあった選択肢は三つでした。会社に残って続けるか、整体そのものを辞めるか、独立するか。

コトー先生に出会う前の僕なら、技術にも自信がなくて、何が正解かも分からないまま、たぶん辞める方に流れていたと思います。目指すべき整体の形と、整体師としての在り方が見えていたから、独立という選択肢を本気で考えられました。

独立を現実的に考え始めたとき、何が一番の壁でしたか?

資金、場所、コンセプト。いろいろありましたけど、一番は自分の弱い心でした。

独立について調べれば調べるほど、ネガティブな情報ばかり出てくるんです。何年で何割が閉店する、とか。このまま会社に属していれば大きなリスクはないと分かっていましたし、開業の2年前には子どもも生まれていました。ここまでして挑戦すべきなのか、ずいぶん悩みました。

ただ、子どもが生まれたことは、悩みの理由でもあり、覚悟が決まった理由でもありました。この子と家族を、自分の整体で守り続ける。そう決めたら、迷いが少しずつ小さくなっていきました。

同じ時期に、コトー先生のもとで一緒に学んでいた山下達也さん(整体 ALATA)が、夜勤の仕事をしながら独立の準備をしているという話を聞いたんです。自分よりずっと厳しい条件で本気で動いている人がいる。それを見て、自分も動かなきゃいけないと思いました。

物件は、どのように見つけたのですか?

1年くらい、毎日物件情報を見ていました。妙蓮寺に移ってからも、ずっと綱島でやりたいと思っていたので、綱島の物件を探し続けていて。

ある日、今の場所が出てきたんです。立地も広さも理想に近かったんですけど、家賃が想定していた金額の1.5倍でした。すごく迷って、コトー先生に相談しようと思っていたんですけど、タイミングが合わずに会えなかった。そのとき「これは自分で決めなさいということなんだな」と受け取りました。

1週間、考え抜きました。そして、ここでやると決めました。

サロン契約直後

会社の反応はいかがでしたか?

退職を伝えたときは、拗れることもなく、むしろ応援してもらいました。長く在籍していたので、それまで面倒を見てもらったことへの感謝はもちろんありましたし、円満に送り出してもらえたのは本当にありがたかったです。

開業日と店名には、どんな思いを込めましたか?

開業したのは、令和5年、2023年の12月08日です。日柄のよい日を選びました。

店名の「リーン」は、自分の名前の「錬(レン)」から来ています。レンの音を分解して伸ばすとリーンになる。それから、円、縁、錬、連。どれも「えん」や「れん」の響きで、人とのつながりや、丸くつながっていくイメージを重ねました。

もう一つ、検索したときに自分しか出てこない名前にしたかったんです。「リーン」で調べたら、ほかにサロンがなかった。それも決め手でした。ホームページに載せている「Rə:eN」の表記や「Re=再び」といった意味は、開業してから少しずつ重ねていったものです。

開業当初のことで、印象に残っている場面はありますか?

初日の最初のお客様が、前の会社から通ってくださっていた方だったんです。その方、いつも時間に遅れて来る方だったんですけど、その日だけは時間ぴったりに来てくれて(笑)

それがすごく嬉しかったですね。前のお店からのお客様が来てくださったことは、本当に心強かったです。

母が見に来てくれて「うちの息子がこんな空間を作ったんだ」と言ってくれました。友人も訪ねてきてくれて、誇らしい気持ちと、ちょっと気恥ずかしい気持ちが混ざっていましたね。

一方で、現実は厳しかったです。1日予約がない日もありました。チラシを2000枚配って、反応はゼロ。独立は孤独との闘いだと覚悟はしていましたけど、気が狂いそうになることもありました。

それでも立ち向かい続けてこられたのは、周りの仲間がいたからです。独立は孤独だと思っていたのに、こんなにもたくさんの人に囲まれているとは思っていませんでした。

お客様から言われて嬉しかった言葉はありますか?

「死ぬまで面倒を見てもらうから」と言ってくださった方がいます。それはもう、この仕事を続けていく責任そのものだなと思いました。

それから「ここに来ると、余計なことまでベラベラ喋っちゃう」と言われることがあって。それは僕にとって、すごく嬉しい言葉なんです。体を触っているうちに緊張が解けて、普段は言わないことまで話してしまう。それは体がゆるんでいる証拠ですし、その人が本来の自分に還っている瞬間なんだと思います。

サロンにて

ヤジマ先生にとって、整体とは何でしょう?

“故郷” みたいなものです。
一度離れて、遠回りをして、それでも帰ってきた場所。
帰ってきてからは、ずっとここでやっていくと決めています。

目指しているのは『人生が良くなる整体』です。肩こりや腰痛が楽になることはもちろん大事なんですけど、そこがゴールじゃない。体が整えば、ストレスに立ち向かう力が湧いてくる。頑張らなくていい、焦らなくていい。ゆるんだ先にこそ、体が自然に戻ろうとする場所がある。整えるというのは、その力に寄り添うことだと思っています。

これからの「整体サロン リーン」について、考えていることはありますか?

いつか、サロンに自分の絵を飾りたいんです。両親が美術の人で、母に絵を教わって育ったので。それから、自分で作った音楽をサロンの BGM にしたい。初めてコトー先生のサロンに入ったときに感じた「好きなものが全部ある空間」を、自分のやり方で作っていきたいと思っています。

場所は違えど、同じ志を持った仲間がいます。頼もしい存在です。これからも、人とのつながりを大切にしながら、整体を、技術を、生き方を追究していきたいと思います。

レン・ヤジマとして

レン・ヤジマ【整体サロン リーン】神奈川
Solechika.PRO/s/Ren_Yajima/

第3回を終えて

一本の DVD をきっかけに、コトー先生と出会ったこと。
それは施術の技術だけでなく、整体師としての在り方、そして自分自身との向き合い方を見直すきっかけにもなりました。

その出会いから約3年。店舗閉鎖を機に独立を決意し、2023年12月08日、綱島に「整体サロン リーン」を開業。決して順調なことばかりではありませんでしたが、その過程で見えてきたのは、自分を支えてくれる家族や仲間、そして通い続けてくれるお客様とのつながりでした。

そして今、ヤジマ先生は「頑張らなくていい、焦らなくていい」と伝えながら、一人ひとりの体と向き合っています。

これからは、自分で描いた絵を飾り、自分で作った音楽を流したい。かつてコトー先生のサロンで感じた『自分が好きなものが全部そこにある空間』を、今度は “レン・ヤジマ” 自身の形でつくっていく。「整体サロン リーン」は、これからも人とのつながりを重ねながら、少しずつその形をつくっていくのだと思います。

全3回にわたるインタビューをお読みいただき、ありがとうございました。

編集ノグチ